
西村陽一郎 個展
小惑星
Yoichiro Nishimura | Asteroid
足元の宇宙、40年の視線の軌跡
みんなのギャラリーはこの度、写真家・西村陽一郎による個展「小惑星」を開催します。フォトグラムおよびスキャングラムを軸に制作を続けてきた西村は、身近な事物の見え方に静かな変化をもたらしてきました。本展では、1989年の作品「小惑星」から最新作までの作品を展示します。写真家活動40年、写真集『青い花』刊行10年という節目に、その視線の軌跡をあらためてたどります。
西村陽一郎
1967年東京都生まれ。
美学校で写真を学び、撮影助手を経て1990年に独立、フリーランスの写真家として活動を始める。
カメラを使わない写真技法であるフォトグラムやスキャングラムを中心に、植物や昆虫、鳥の羽、水、ヌードなどをモチーフとした作品を発表している。
20promising photographers VOL.2(パルコギャラリー)、ヤング・ポートフォリオ(K’MoPA)、’99 EPSON Color Imaging CONTEST、PHILIP MORRIS ART AWARD 2000、TPCCチャレンジ2003(東京写真文化館)などに入選。作品集『青い花』が第58回全国カタログ展にて国立印刷局理事長賞及び金賞受賞。
会期
2026年6月4日(木) - 6月21日(日)
営業時間
12:00 - 19:00
休廊日
月曜
会場
みんなのギャラリー (東京都台東区東上野4-14-3 2F)
入場料
無料
SNSシェア

西村陽一郎「小惑星」1989 / 20×24 in (508×610mm) / ゼラチンシルバープリント
©Yoichiro Nishimura
本展について
西村陽一郎は、カメラを用いずに物体を直接感光させて像を定着させる「フォトグラム」、そしてそのデジタル的展開ともいえる「スキャングラム」を軸に制作を続けてきた写真家です。植物、水、昆虫、ヌードといったモチーフを通して、私たちの身近に存在する事物を写し取りながら、その見え方にさまざまな変化をもたらしてきました。 2026年は、西村が写真家として活動を開始してから40年の節目にあたると同時に、スキャングラム作品をまとめた写真集『青い花』(2016年)の刊行から10年という年でもあります。本展は、その時間の蓄積を意識しながら構成されます。 展示には、1989年に制作された写真作品「小惑星」が含まれます。本作は、西村が1990年に「20 Promising Photographers」(パルコギャラリー)に選出された際に発表された作品であり、現在に至るまで継続されてきた視線の原点を示す作品でもあります。ごく身近な対象の中に潜む、小さくも決定的な世界のありよう。その感覚は、現在の作品にも一貫して通底しています。 本展ではさらに、西村が長年取り組んできたフォトグラム、そしてスキャングラムによる作品が並びます。これらは約20年前の作品から最新作まで、幅広い年代の中から選ばれています。そこに写し出されるのは、植物や虫、水辺の生き物、人工物といった、私たちの日常に遍在する存在です。しかし、それらが写真の中で見せる表情は、私たちが普段認識しているものとは異なります。 フォトグラムにおける暗室、スキャングラムにおけるスキャナー。外界から切り離されたその環境は、被写体と写真家が向き合う、いわば密室のような場でもあります。光と時間を媒介として、対象との静かなやり取りが積み重ねられた先に、被写体の潜在的な状態が立ち現れます。 西村は、どのようにして日々そうした対象と出会っているのでしょうか。 そして私たちはなぜそれに気づかないのでしょうか。 本展では、その一端を示すものとして、西村が日常的にスマートフォンで撮影してきた膨大なスナップ写真を、スライドショー形式で展示いたします。これまでギャラリーのウェブサイト上で継続的に公開されてきたこれらの記録は、西村の生活のリズムとともに、被写体との出会いのあり方を示唆しています。 西村の写真には、私たちの日常と連続しながら、同時に見過ごされてきた多くのものが写り込んでいます。それは特別な対象ではなく、私たちの足元に常に存在しているものたちです。 写真家、森山大道がそのイメージを「妖しく官能的で蠱惑に充ちたミクロコスモスへの旅」と表現するように、西村の写真は、現実の断片をどこか夢のような像へと変換する力を持っています。一方で写真評論家の飯沢耕太郎は、その実践をフォトグラムの歴史的系譜の中に位置づけ、写真というメディアの原初と未来を接続する試みとして評価しています。西村の作品は、写真の起源に触れながら、その延長線上に新たな視覚の可能性をひらいていくものです。 本展は、その40年にわたる実践を、現在の視点からあらためて捉え直す機会となります。
西村陽一郎とフォトグラム
フォトグラムは、カメラを使わず、暗室の中で感光紙の上に直接物体を置き、光を当てることで像を定着させる写真技法です。被写体の輪郭だけでなく、光の透過や距離に応じて、濃淡や質感が像として現れます。また、明暗が反転することで、通常とは異なるかたちで対象が立ち現れる点も特徴の一つです。
西村はこの技法を通して、さまざまな対象を写してきました。なかでも多く扱われているのが生き物です。生き物は、その動きを固定することができません。さらに、ホタルやホタルイカのように自ら発光する対象においては、像を生み出す光そのものも制御することができません。
また、生物に限らず、水の波紋の不規則な動きや、光の角度によって生じる変化など、暗室の中には常に偶然性が介在しています。そうした状況の中で被写体と向き合う時間そのものが、作品の重要な要素となっています。

西村陽一郎「ウナギ」2024
20×24 in (508×610mm) / ゼラチンシルバープリント
©Yoichiro Nishimura

西村陽一郎「発光」2004
5×4 in (127×101mm) / ゼラチンシルバープリント
©Yoichiro Nishimura
西村陽一郎とスキャングラム
スキャングラムは、スキャナーの上に物体を置き、読み取りながら像を生成する、西村独自の写真技法です。フォトグラムの考え方を引き継ぎながら、2008年頃からこの技法による制作が続けられています。
これまでに、西村は身近な花々や、海岸で拾い集めた貝殻などを主な被写体としてきました。透過陰画法によって撮影されたスキャングラムでは、被写体の色彩や明暗が反転します。普段見慣れた花々は、暗闇の中で青白く浮かび上がり、現実とは異なるオーラを纏った像として立ち現れます。
2008年から2016年にかけて撮影された19種類84点の花のスキャングラム作品は、写真集『青い花』(2016年、鎌倉現代)としてまとめられました。本書は第58回全国カタログ展において、国立印刷局理事長賞および金賞を受賞しています。

西村陽一郎「タコノマクラ」2025
A4 / ピグメントプリント
©Yoichiro Nishimura

西村陽一郎「山桜」2016
B1 / ピグメントプリント
©Yoichiro Nishimura
写真集「青い花」
カメラを使わない撮影技法スキャングラムの発見により写し出された、身近な花々が青白く光る影の世界。みんなのギャラリー運営会社の出版で、西村の自身2冊目の写真集です。第58回 全国カタログ展の図録部門 において「金賞」と「国立印刷局理事長賞」を受賞しました。
本書は、ギャラリーまたはWebショップにて販売中です。
500部限定発行 / 作家署名入り / B4 サイズ ハードカバー / 112 ページ
解説:森山大道 / 飯沢耕太郎
編集:田森葉一 / 詩:新美亜希子 / 翻訳:河田展子
印刷:株式会社山田写真製版所
熊倉桂三(プリンティングディレクター)
■ 森山大道氏の解説を収録
西村陽一郎さんが創るイメージ世界は、いつもどこか夢性を帯びている。さりげなくクールでエロティックでミステリアスな夢。
深夜、灯りを消して目を閉じると、瞼の裏に映る燐光に似たさまざまな光景が、網膜にそってゆらめき流れ過ぎてゆく。その、名状しがたい光彩の変容を感応するとき、いつもぼくは西村さんの映像を経験する。
妖しく官能的で蠱惑に充ちたミクロコスモスへの旅を。
作品集「青い花」は、西村さんの感性の昇華である。
■ 飯沢耕太郎氏の解説を収録
影の花たち
飯沢耕太郎(写真評論家)
フォトグラムは写真の技法の中でも最も古いものの一つだ。というよりも、写真術が完全にでき上がる前から、塩化銀や硝酸銀を塗布した紙に物体を置き、光を当ててその形を写しとったという記録があるから、「写真以前」から存在していたとさえいえるだろう。
西村陽一郎はそんなフォトグラムに魅せられ、以前からその技法で多くの作品を制作し続けてきた。それは単純に古典技法の復活、原点回帰という事ではないと思う。フォトグラムは西村にとって、新たな表現領域を切り拓いていくための豊かな土壌であり、むしろ次の写真表現の可能性をさし示してくれる技術なのではないだろうか。
今回、西村が試みたのは、彼自身によって「スキャングラム透過陰画法」と名づけられた新技法である。この技法は、スキャナ上に置いた花や葉をネガデータにすることで作られる、いわばフォトグラムのデジタル版とでもいうべきものだ。最大の特徴は、植物の輪郭やフォルムが写しとられるだけでなく、色味が補色に反転することで、たとえば赤いハイビスカスやツツジは青っぽい画像に出力されてくる。その視覚的効果は絶大なもので、花たちはあたかも月の光に染め上げられたような魔術的な雰囲気を醸し出すことになる。いわばポジからネガに転じた「影の花たち」が、そこに出現してくるといえるだろう。
写真表現の歴史をふり返ると魔術師、あるいは錬金術師のような写真家たちの系譜が浮かび上がってくる。現実世界をそのまま再現・記録するよりは、それらを魔術的なイメージに変換することに歓びを見出し、情熱を傾ける写真家たちだ。そして、フォトグラムは彼らにとって大事な表現手段であり続けてきた。20世紀最大の「イメージの錬金術師」、マン・レイもその一人である。そして西村陽一郎も、明らかにその系譜に連なる写真家といえる。
彼のフォトグラムの探求は、むろんこれで終わりということはないだろう。「スキャングラム透過陰画法」にしても、植物だけをモチーフにする必要はないはずだ。将来的には、さまざまなモノや生きもの(人間を含む)にも拡大していけるだろう。それはそれとして、まずは花や葉からスタートしたのはとてもよかったと思う。ひっそりと闇の中で開花する「影の花たち」は、控えめだが意外な熱情を秘めた西村にふさわしいテーマといえるからだ。









