階 段
Masaya Yoshioka: The Staircase
吉岡雅哉

階段の絵だけが並ぶ。
それ以外は何もない。
吉岡雅哉は、アトリエを改造していた。
自ら組み上げた階段に、背板を取り付けた。
そのとき階段に色気を感じた。
吉岡は階段を描き始めた。
描き始めてから、止まらなかった。
2ヶ月で200点を超えた。
同じ階段である。
しかし同じ絵は一枚もない。
角度、距離、光、湿度。
わずかな違いが、次の一枚を呼び続ける。
階段は単純な構造だが、描き続けるほどに、単純ではなくなる。
余計なものが入り込む余地がなくなっていく。
それでも描く。
本展では、それらを一つの空間に集める。
整列ではなく、配置でもなく、壁面は徐々に階段に占有されていく。
階段の絵だけが並ぶ。
それ以外は何もない。


吉岡雅哉
1981年兵庫県神戸市生まれ。宮大工の家に生まれ育ち、伝統的な職人技術を習得し独立する一方、幼少の頃より西洋絵画を独学で学ぶ。現代性と民俗性が入り交じる田舎の景色を、様々な絵画様式によって描いている。
受賞:トーキョーワンダーウォール賞(2008年)、とよた美術展'07審査員賞(2007年)、シェル美術賞 蔵屋美香審査員奨励賞(2006年)、交換する種 Vol.2 アドバイザー賞(2006年)





















12月のアトリエ改造後に階段との同棲が始まった。

お気に入りの階段を描く、お気に入りの椅子や机を描くという愛着から絵画のモティーフになるというだけの話で、愛着に忠実になればそこら中にモティーフは転がっている。それらが絵になるかどうかはわからないけど、とりあえず描いてみるという姿勢は大事だなと思う。

階段の絵には階段をありのまま描く恐怖と快楽に溺れてみたいという誘惑がある。


もしクールベが今の時代に生きていたら階段を描いたと思う。


階段というモティーフは特殊ではあるけど、例えば椅子だけとか何なら自画像だけをひたすら描いている人がいるわけで何も階段でなくてもいい。僕自身はモティーフに取り憑かている人、そういう人に関心がある。モティーフなんて何でもいい。


たまたま夢中になったモティーフが今は階段というだけで、制作姿勢はいつもと変わらない。



階段を描くのなら階段をとことん愛さないと描けない。いや階段にかぎった話ではないけど、階段があまりに無愛想だからこちらから全力で愛さないと振り向いてもくれない。




本当に描きたい階段があるっていうのは奇跡に近い 。
情熱を傾けられるものに出会うのは。




階段は人工物なのになぜか自然物にも思えてしまうから不思議。






階段は良いな。もう良いとしか言いようがない。


























